【体験談】人生つらいことばかりだった・・・私の過去を振り返ります・・・

 

こんにちは、neiraです★

 

今回は、つらすぎた私の人生を振り返ります。

 

neira

どんだけ人生がうまくいっていなかったかをお話していきますよ。

 

今、人生がつらいと感じている人が、私だけではないんだと心が軽くなるといいです。

 

以前にも、ブログで話したことがある内容を含みますが、ご了承ください

<スポンサーリンク>

【体験談】人生つらいことばかりだった・・・私の過去を振り返ります・・・

 

自分のことが好きではなかった

 

私は物心ついた時から自分のことが好きではありませんでした。

 

容姿、性格、声・・・すべてが気に入らなかったのです・・・。

neira

だから、幼少期から自分に自信がありませんでした💧

 

そのため、引っ込み思案、内向的な性格で母の後ろに隠れてモジモジしているような子供だったのです。

 

周りにバカにされていた

 

私は周りの人たちにバカにされることが多かったです。

 

家族、友達、知り合い・・・。

 

母からは褒められたことがなく否定ばかりされていました。

 

妹にもバカにされていた時期があり、妹のほうがお姉さんのようにしっかりしていたのです。

 

幼稚園の頃には、近所の1つ年上の女の子に内向的な性格をバカにされて、「甘えん坊~」と言われていました。

 

男の子からは追いかけられたり、プロレス技をかけられたりされていたこともありました。

 

いじめ体験

 

小学2年生の時にいじめにあいました。

 

仲良くしていた友達から・・・

 

親に見せないでね。

 

と言われて渡された手紙には、私に対する悪口が書かれていました。

 

私はおしゃべりが上手にできないことや、無口なことを理由にその子からいじめを受けるようになりました。

 

無口で人間じゃないみたいだから、「宇宙人」というあだ名をつけられました。

 

正直ね、つらすぎて過去の記憶がほとんどありません。

 

覚えているのは、学校の帰りに私がかぶっていたヘルメットのヒモを、犬のリードのようにその子に引っ張られながら歩いていたことです。

 

自分がいじめられているという事実を認めたくありませんでした。

 

私はいじめられる弱い存在なんだ。

 

私はいじめられるほど人から嫌われる存在なんだ。

 

小学2年生で、すでに人生に絶望を感じていて、みじめで生きているのがとにかくつらかったという記憶しかありません。

 

心の病との闘い

 

いじめの経験、この後にお話しする母との確執から、社会不安障害や対人恐怖症などの心の病に悩むようになりました。

 

ある日突然、人との接し方がわからなくなり、人と目を見て話すことがめちゃくちゃ苦痛に感じるように・・・。

 

たしか、中学生くらいから異変を感じ始めたと思います。

 

人に対して恐怖心を抱くようになり、人を目の前にするとうまく言葉が発せられなくなりました。

 

この症状のおかげで、周囲の人たちとうまくコミュニケーションがとれなくなり・・・

 

neiraちゃんは何を考えているのかわからない・・・。

 

と言われたり、避けられたりすることもありました。

 

学校や職場、家でも孤立することが多くなり・・・

 

普通に人と接することができない自分にいら立ちを感じ、自分の部屋でボールペンなど先のとがったもので自分の肌を傷つけ、ノートには

自分の悪口をかきまくっていました。

 

同時に不眠症にも悩まされるようになったのです。

 

 

心の症状は20年以上にもおよび、私の人生の自由度はかなり低く、楽しいと感じることはほとんどなかったです。

 

ほんの数年前まで心の病に悩んでいました。

 

母との確執

 

私は幼少期から母が苦手でした。

 

何をしても何を言っても否定ばかりされていて母のことを好きになれなかったのです。

 

また、母はいつもイライラしていてその感情を私たち子どもにあてていました。

 

父はほとんど家にいることがなかったので、子供のころ夕食時には母、私、妹の3人だけで食べるのが当たり前になっていました。

 

母は不機嫌なことが多く、私たち子どもが少しでも食べ物や飲み物をこぼしたり、食べ終わる時間が遅かったりしただけですごい剣幕で怒ります。

 

食べ終わっていないのに、電気を真っ暗にされて取り残されたり、ビンタがとんできたり、時には外に出されてカギをかけられたこともありました。

 

常に緊張を強いられ、家族のだんらんという温かい思い出はまったくなく、夕食時がゆううつで仕方なかったことを覚えています。

 

今でも、夕方ごろに道を歩いていて、ふとどこかの家から夕食の匂いが香ってくると、子供のころのことを思い出して胸がキューっと切なく締めつけられる思いがします。

 

母は・・・

あんたには無理だよ。

 

最悪・・・。

こんなふうにネガティブな言葉が口癖でした。

 

また、子供の前でも平気で父の悪口や愚痴を言っていました。

 

私は幼少期から母の背中を見てきた結果、反抗期がとてもひどく、母も私の扱いに困り果てていたと思います。

 

母に面と向かって・・・

 

だからあんたのことが嫌いなんだよ。

 

と言われました。

 

母は周囲に私のことを・・・

 

あの子は自分のことを何も話さないから何考えているのかわからない。

と言っていました。

 

私は、はじめから母との会話を拒んでいたわけではありません。

 

小学生の時に、母に何度も話しかけても・・・

 

ふーん。

へー。

と私のほうに顔もむけず背中を向けたまま面倒そうに対応をしていた姿を見たり、何を言っても否定されていたりしたことで・・・

 

もうこの人には何を言っても仕方がない。

 

話をちゃんと聞いてくれないからもう話すのをやめよう。

と決意したのです。

 

大学生の時には、心の病が原因で学校を1年間休学することになりました。

 

その時にも・・・

 

恥ずかしいから近所を歩かないでね。

自分が今、学校を休んでいることを親戚には言わないでね、恥ずかしいから。

こんな風に言われて、殺意がわいたこともあります。

 

母はつねに世間体を気にしていました。

 

私に完璧を求めていました。

 

いい子に育ってほしかったんだと思います。

 

しかし、私は母が望むようないい子ではありませんでした。

 

一方で、妹は母が望むようないい子に育っていきました。

 

私は母に嫌われ、妹は母に好かれていたのです。

 

母の理想を押し付けずに、私という個性を認めてほしかった、本当は母にほめられたかった、わかりあえなくてもせめて向き合ってほしかった、ダメな自分も受け入れてほしかった・・・こういう思いがあったことに大人になってから気がつきました。

 

父との確執

 

一方で父は、放任主義でした。

 

コミュ力が高く、顔が広くて人づきあいが多い父は、いつもつきあいで遊びに忙しく家にいることはほとんどありませんでした。

 

私が実家で暮らしていた時、家族で旅行や外食に出かけたことはありますが、仕事が休みの土日に1日に中家にいたことは一度もなかったように思います。

 

私が父に対して不信感を抱いたのは、中学生の時でした。

 

社会不安障害や対人恐怖症などの症状が出始めて、自分の心がなにかおかしいと感じていた時です。

 

しかし、中学生なので保険証は親が持っており、自分で病院に行くことができません。

 

自分が心の病だということを認めたくなくて、症状をごまかして過ごしていましたが、症状のせいで人間関係がうまくいかなかったり生きづらさを感じていたりしていたため、どうにもこうにもならなくなり、親に病院へ連れて行ってほしいと頼むしかなかったのです。

 

とはいえ、母に相談をしてもきっと受け入れてもらえないだろうと判断しました。

 

そこで父に思い切って自分の症状のことと、病院へ連れて行ってほしいことを告げたのです。

 

しかし、父にも向き合ってもらえませんでした。

 

そんなの気のせいだよ。

 

色々な人と積極的に話をすれば大丈夫だよ。

 

というようなことを面倒そうに言われたのです。

 

私はもう限界で、今すぐにでも病院へ連れていってほしかったですし、父に相談することでこの症状が治るんだという一筋の希望を感じていました。

 

しかし、父の対応に目の前が真っ暗になり、絶望を感じたのです。

 

この時のできごとがきっかけで、私の心は何かがはじけました。

 

親は何も向き合ってくれない。

 

親なんか頼りにした私がバカだった。

 

どいつもこいつも信用できないし、もう自分のことを話すのをやめよう。

 

自分しか信じられないからすべて自分で解決しよう。

はい、こっから私はグレはじめました。

 

この時期から、私は人よりも努力をして、上りつめ、親や周りの人を見返してやろうという気持ちを持つようになりました。

 

親はもちろんのこと、人間というものに不信感をいだくようになり、人を見下して生きるようになったのです。

 

このころの私、本当にやばかったです。

 

あともう少し、心が腐っていたのなら、世間をにぎわせるニュースに出てくる容疑者のようになっていたといっても過言ではありません。

 

正直言うと、親を刺したとかいう事件を耳にしても、容疑者の気持ちがわかる自分がいるのです。

 

私も自分の手で親を傷つけていたかもしれません。

 

そのくらい、自分の精神状態がかなり不安定でした。

 

親、妹、友達、周りの人たちへの感謝の気持ちなんてまったくなく、他人なんてどうでもいいと思っていました。

 

それよりも、こいつらなんて蹴落として、いつか絶対に見返したり見下したりしてやると本気で思っていました

 

親の背中を見てきたり、いじめや悪口を楽しんでいる人たちを見たり、弱い者に対して強く出て自分のストレスを発散するような人たちとかかわるたびに、人間ってクズばっかりだなと思っていました。

 

人間がだいっきらいでしたね・・・。

 

ほんの数年前まで、こんな気持ちを持っていた私です・・・。

<スポンサーリンク>

まとめ

 

今回は、つらかった私の過去の人生を振り返ってみました。

 

そんな私は、今現在は心の病に悩むことはほとんどなくなり、生きづらさからだいぶ解放されて、昔に比べてどんどん人生が好転していきました。

 

それは、これまでブログ記事で紹介してきたように、考え方や心の在り方が変わり、それに伴って行動が変わったからです。

 

もし、今人生がつらいと感じている人でも、人生を嘆いたりあきらめたりする必要はありません。

 

私なんてなにもかもうまくいっていなかったですし、周りの人が楽しいという10代20代なんて、何一つ楽しいことがなく苦しいことばかりだったといっても過言ではありません。

 

だから安心してください。

 

人生はいくらでも変えられますし、好転させることができますよ!

 

 

<スポンサーリンク>

2 COMMENTS

ジョリー

先日はコメントへのお返事ありがとうございました。neiraさんのブログに何となく親近感を持ちつつも、でも結局恋愛経験豊富でそれなりにモテてきた人でしょう、と思っていたのです。が、つらい半生の詳細を垣間見て予想以上で驚いてます。
それだけつらかったにも関わらず、その悔しさをバネにして皆を見返してやると奮起されたのは、本当にすごいことだと思います。例えそれが周りを見下したい気持ちから生まれたとしてもです。
私だったら廃人になっていました。
状況は違うと思いますが、私も幼少期父との関係がうまくいかず、母は長患いで兄はおそろしく優秀、という環境下で育ったため自己肯定感が常に低く、自分が愛されるに値しない人間だと潜在的に思っていました。そのため31年彼氏がいなく、初めてまとも?に付き合った彼と結婚したものの、数年で離婚しました。

その後自分を好いてくれる男性が現れても、心のどこかで「こんなにうまくいくはずがない、こんな魅力的な人が私を好きになるはずがない」と思ってしまい結果的に壊してしまう流れに至っていました。 今心底好きな人がいて、、付き合ってはいませんが相手も自分を好きだと確信してます。ただ誰が見てもあきらめざるを得ない状況で、、
ですが自分の心がそれを納得していない、何とかしたいと思いネットを読み漁った中neiraさんのブログにたどり着きました。
きっとneiraさんも賛同するのは難しい案件だと思います(T_T)
が、自暴自棄になってもおかしくない程つらい思いをしてきた方が今幸せになっている、生涯学習など勉強する事の意義を説いている、不思議な体験もされている、その他諸々興味を持ったので何となくコメントしたくなりました。こういうコメントもした事ないですが。。

まずは自分の心、常識とか一般的な尺度そういうものを葬って、信じる事を貫きたいと思います。ひとつ言えるのは自分はやりきってはいないからです。 長々としかもお茶を濁すような書き方で自分語りをしてすみません。漠然としすぎてますがneiraさんに少しでもアドバイス頂けたら嬉しいですf(^_^; 無理のない範囲で大丈夫です!

返信する
neira

ジョリーさん、再びのコメントありがとうございます☆

ここでコメントの返事をすると長くなってしまうので、本日、記事にてコメントのお返事をしたいと思います^^
万が一記事にされたくないという場合にはこちらからお知らせください★

返信する

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です